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養殖のイカダが消え 防波堤は積み木のように崩れた 根白 渡辺 寛

三月一一日、ホタテ作業も終わり、ワカメの間引き作業もあと一日。桐の木尻のイカダにいるときに、南風が吹いてきたので鳥居島のイカダに移動する。午後二時過ぎ、船のエンジンをかけたまま作業をしている時、「ブー、ブー」と携帯電話の警報音がなった。「まだ、地震がー、大したごどぁねえべ」と思い、気にも留めなかった。

何秒かして、「ガタガタゴトゴト」と船が震動した。「この船も、とうとういかれたか。何せ、二〇年以上経つ老朽船だから無理もない」と思った。その時、海面は、大粒の雨が降ったときのように、水面がぽつぽつと水滴が突っ立っていた。山は、まるで火事にでもなったように煙が上がった。すぐ、杉花粉だと分かった。何年か前にも同じような事があったが、その時に見た状況どころではなかった。「これは地震だ。小さいか大きいかは分からないが、津波が必ず来る。」と思い、側のイカダで作業中の「大磯丸」「雷神丸」の三艘でイカダから離れ、水深が五〇メートルくらいになる大磯の沖まで避難した。ここなら大丈夫と、タバコに火をつけて様子を見ることにした。

何分か後、何気なく辺りを見回すと、何百台もあったはずのワカメのイカダが見えなくなっているのに気付いた。イカダに付いている何千個もの浮き玉が一つも見えない。何事かと、本当に不思議だった。根白漁港の方を見ると、いつの間にか防波堤が消え、その先にあった灯台までが水没して行くところだった。「そんな事はあるはずがない」と、自分の目の錯覚か、夢だと思った。

だが、本当の夢のような出来事は、それからだった。轟音と共に潮が引き始め、水面は川のように沖へ沖へと流れた。そして、あの大きな根白の堤防が姿を現し、積み木のように崩れ始めた。吉浜海岸の海水浴場の方を見れば、霧がかかったように真っ白になり、その隙間から、高さが十何メートルもあるかと思われる大波や水柱が立ち上がるのが見えた。足がかすかに震える。「逃げろー、かじやの父さん。」大声で、側にいた「大磯丸」に叫んだ。(今、考えると自分に叫んだのだと思う)そして、水深が一〇〇メートル辺りまで、黒煙を出しながら全速力で逃げた。

その後、どのように過ごしていたか、記憶に定かではない。夜になって、風と雪が強くなってきた。沖にいた「栄宝丸」と「大磯丸」と、私の「栄漁丸」と、三船をロープで繋ぎ、エンジンをかけたまま機関室に入って寒さを凌いだ。独り、真っ暗な海の上で、家族や親類、友人、そして愛する一人娘の事を考えたりして、一睡もせずに長い夜を過ごした。これほど夜明けが待ち遠しく思ったことはかつてなかった。

朝になり、機関室から顔を出すと、隣の船(大磯丸)にいた「かじや」の父さんが、力なく、「ひろしさーん、おれえのえー家ねーもの・・・」と言うのを聞いて、「え、そんなはずはない」と思い、千歳の集落が見える岸まで船を近づけて見たら、「かじや」とすぐ隣の「向かい」の「物置」が無くなっていた。津波がそこまで襲った事になる。とても信じられなかった。何と慰めていいものか、言葉もなかった。「これでは陸では大へんなことが起こっている」と思い、何度も、瓦礫の中をゆっくりと縫うように進んで根白漁港に入ろうと思ったが、潮の流れが速かったし、防波堤が倒壊していて近づけなかった。

日が暮れかかって、流れが落ち着くのを待ってから他所の船が入ったのを見て入港した。根白の港は引き揚げている舟は無くなり、瓦礫が散乱して見るに耐えないみすぼらしい状態だった。

その時、誰かが、「お前の娘ぇ、熱出して寝でだぞ。早ぐ上がってげぇ。」と言うので、急いで家に帰った。妻に娘の容体を聞くと、大したことはなかった。この未曾有の大きな津波で、家族みんなが無事だったという安心感と「海はこれからどうなるのだろう。」という不安が入り混じり、なぜか涙が溢れた。「おーい、今帰ったぞー。」

寝ていた娘の額に手をやり、熱がないことを確かめてから、あとは何もかにも、後で考えることにして、ぐっすり眠った。

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